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2016年1月22日 (金)

青い花の導きについて

蘭を始めてそろそろ10年になります。

ここに来て感謝しなければならないのが人工交配種です。
春蘭の人工交配種が溢れてしまったことで旧銘品を除く銘品への感心がほぼ無くなり、蘭を買うという場面がすっかり減りました。
そのおかげで鉢数は増えすぎず、山に行く機会が増えて春蘭そのものをもっと知りたいという好奇心がより強くなりました。
しかし蘭の展示会へ足を運ぶ機会が減ってしまい、趣味者との出会いが減ってしまったのは残念です。今年は春蘭の展示会を回ろうかなと思っても、いつか目にした交配種が主役のように並ぶ光景がトラウマで、再びそれを目にするくらいなら山へ行こうという気になってしまいます。
僕が求めているのはあくまで山が生み出した奇跡のほうであって、人の手により生み出されたドラマではありません。
でもこの気持ちは同じ蘭をやっている方でも一部の方にしか通じないので蘭趣味というマイノリティな世界でさらにマイノリティになってしまいました。

物心ついてから初めて春蘭を目にしたとき、僕は遺伝子レベルで「これを知っている!」と電気が駆け巡った感覚になりました。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、消えた記憶を偶然取り返したかのようだったのです。笑ってくれて構いません。

はじまりは夢でした。
この先も笑ってくれて構いません。
二十代半ばのある日、奇妙な夢を見ました。夜の闇のなか星空に浮彫りになった山の稜線を辿ると山頂付近に小さな小屋が見え、僕はその山小屋に向かいました。どういうわけか、そこで最愛のひとが待っているという夢のなかでの前提があったからです。それで、やっと会えるのだという高ぶる思いで小さな山小屋の扉を開くと、夜空を切り取ったようなガラスの無い小窓から星の光が木製の簡素なテーブルへと注ぎ、そこには小さな花瓶に青い花が一輪挿しされていたのです。青い花びら一枚一枚がほの白く光を拡散させていて、夢のなかの僕はそれを見て「間に合わなかった」と落胆したのでした。
そこで目が覚めて居てもたってもいられずに青い花探しの日々が始まりました。

元々、花や植物に興味は無くは無いものの、花屋、園芸店に足を踏み入れるなどは生まれて初めてのことでした。ですがいくら探せど夢で見た花には出会えません。このとき青い花自体が世界にとても少ないことも知りました。ちなみに植物だけではなく生物全体でも少なく、モルフォ蝶などにみられる金属的なブルーは構造色といって実際に青い表面をしているわけではなくCDの盤面が色彩を放つ原理に似ています。
そして世間的に青い花とはほとんどが紫色のものを指していて、いつも紛らわしく思っていたのを覚えています。

いくつか本当に青い花の存在も知りましたが、大きさ形状に納得することが出来ませんでした。青といっても水色というべき色調が多く、夢で見た花のようなやや深みのあるブルーではありませんでした。
ネモフィラを品種改良した青い花は大きさこそ近いものの野性味に欠け、葉姿も探しているものとは違いましたが一般的な園芸店で入手出来るものとしては正しい青い花かなと思いました。

この頃、園芸品種と原種という概念の違いも知ることになり求めているものは原種なのだとすぐに分かりました。徐々にいわゆるお花屋さんというような園芸品種だけの店には寄り付かなくなりました。それでも店の片隅に山野草コーナーがあれば青い花はないかと隈無く探したものです。
山野草店だけでは飽きたらず公園や路地裏の雑草まで引っこ抜いて育てるなど、青い花探しから脱線し始めた頃でもありました。

現在はもうありませんが小田急線新宿駅の各駅停車のホーム入り口付近に苔玉やミニ盆栽ブームに乗っかったようなとても小さな店舗があり、そこで雪割草を初めて生で見ることになります。葉姿こそ違えど、求めている雰囲気に非常に近いものがあり、その可憐さに青い花探しを忘れるほど心を奪われてしまいます。ポッド鉢の安価なものを数鉢入手して開花を楽しみ待ったり、展示会で即売されている銘品の値段の大きさに度肝を抜かれたりしていました。
雪割草の色彩の豊富さにも感動しつつ、見ようによっては青……いや、やっぱり紫色だなぁ……と雪割草に絞って青い花を探して落胆していると、アルバイト先の先輩が以前働いていた園芸店がとても広く、もしかしたら探している花が見つかるかもしれないとの事で仕事終わりに連れていってもらうことになりました。確かに広い店舗で一般的なお店と比べると品揃えはマニアックだったのですが大半は園芸品種で、残りは洋らんや観葉植物といったところでした。普段なら落胆しそうな僕ですが、実はこの日は青い花探しよりもこのわざわざ案内してくれた先輩と一緒にいれるという事のほうが一大イベントでした。なぜなら当時この女性に青い花以上に夢中だったからです。あ、失笑していいところです。青い花を探せるだけで幸せなところ好きな人と一緒に探すことになるなんて夢にも思いませんでした。
せっかく案内してくれたのに手ぶらで帰るのも申し訳なく思ってキョロキョロしていると、レジ付近に小スペースながら原種のランが並べられていました。僕は好きな人といることも忘れ、南米などから集められたこれらの原種のランに吸い込まれるように見入ってしまいます。さっきまで散々洋らんを目にしていたのに、この原種のラン達は何かが違うのです。野生の生命力。力強さと表裏一体の儚さ。まるで別世界がそこにあったのです。
植物とは何かが違う……などと、植物に対して思ってしまうくらい異質さを覚え、特にリカステの原種アロマティカは春蘭を思わせる色と花容をもって胸の奥に隠されたドアを激しくノックしたのです。世界が変わった瞬間でした。

青い花はどうなった……。
リカステを手にした時から、リカステのような原種のランは他にはないだろうか……と、頭のなかは青い花どころではなくなっていました。
いや、現実での青い花探しは日本のツユクサからアンデス山脈に自生する(その場所はもう失われたらしい)テコフィレアまで探し尽くしたと自負していたので、蘭の道に進むことに迷いはありませんでした。
ちなみに僕の調べたなかで最も夢のなかの花に近い青はテコフィレアで、山野草店の片隅で生で見たときの感動は忘れられません。次点がツユクサ(個体差があるが)でした。ただし、儚い雰囲気では雪割草が近く、条件を満たす花は夢のなかだけに存在すると分かりました。テコフィレアに関してはもう少しゆとりが出来たら育ててみようと思っています。

紆余曲折があり、リカステがノックして開けられなかったドアが開くときがやって来ます。あのときノックはされたのですが開くことはなかったのです。それは本当にすぐでした。原種の……野生の蘭をネットで検索すること数分。ドアが開き、僕は春蘭へと辿り着いたのでした。そのときの様子は前述したとおりです。

あの夢を見てからここまで3ヶ月ほどでした。

一番最初に買ったのは店員が春蘭だと説明してくれたにもかかわらず、それは報歳蘭でした(笑)
春蘭を検索するうちに赤花の画像もみつけ、さらに衝撃を上書きされ、専門店に買いに行きますが値段にも衝撃を受けました。フリーター身分にはなけなしのお金で東源、天紅香を買いましたがすぐに枯らした事はいうまでもありません。
そして、僕が山に行くようになったのは春蘭を知ってまだ1ヶ月も経たないある春の日のことでした。
 
 
 
 
 
 

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