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2014年10月27日 (月)

推測と客観の狭間

推測と客観の狭間
山の春蘭はその姿荒々しく、大抵が売り物のようには整った姿ではない。
ひとつひとつにワケがあってその草姿が整わない理由(屁理屈ともいう)がある。
無駄に引き抜かないために目に飛び込んできた第一印象の裏付けを取る。プロファイリングごっこだ。
何が整わないか?
葉先か?葉脈か?葉長か?葉の厚さか?葉色の濃さか?葉の肌か?
はたまた、袴か?
新子と古木に通じる特徴はあるか?
いや、見るべきところは蘭そのものでなく地形か?
空は開けているか?陽当たりが強すぎはしないか?傾斜で土が流れ根が剥き出しになってはいないか?堆積した落ち葉で葉性が補正されていないか?雪の冷たさに葉色が濃くはなってはいないか?
もしくは動物が絡んでいないか?
根の下が山ネズミの地下通路となり空洞化してはいないか?鹿やうさぎにかじられた影響ではないか?動物が引っ張り根が地表に浮き出てはいないか?
ここに書ききれない考察を持って例えば葉先が丸い事が一時的であるか否かを推測する。

例え千の蘭がそこにあっても、立ち止まらない事には理由をはかり知ることは出来ない。
会話でもするように。
蘭を抜いたあとではそれらを知るための多くの情報を失ってしまう。

春蘭は自慢だけが楽しみではなく
山歩きをする者にとっては自分の推測に一喜一憂し
それを客観的に振り返ることも楽しくて仕方ない。

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