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2012年5月 1日 (火)

原種だから

完璧じゃない。
欠点があるから一喜一憂が出来て目が離せない。

飽きることない。
古い品種も咲かせ方、大株を目指すなど死ぬまで楽しめる。

原種だから

不足していない。
安価でも高価でも好みのタイプを選べるほど品種は豊富にある。

似ていない。
銘品は山の奇跡なのでそれだけで充分。
人の手を加え上位を望んだところで姿は似通い尊さを無くす。

原種だから

人工的じゃない。
魅了されるのは原種が醸し出す神秘性があるからで、
人が作り出せない不完全なものだから。

古くない。
入門者にとっては古い品種が新鮮。
あえて人工交配種を広告塔にする必要は無いし、
むしろ丹精込めた株立ちを展示して心を捉えるべき。

熟練者だけじゃない。
お客さんは無限なのに閉鎖的では仕方がない。
植え方、見せ方、展示場所。
それは時流と相談すべき課題。

原種だから

価値観の違いだから交配やりたい方を止める権利は無いけど、
分野を荒らさないでほしいものです。
大人なんだから分別つけて
交配は交配と別の分野を確立してください。

東洋蘭業界が苦しいとよく聞きます。
なんで若い世代が全然増えないのでしょう。
隠してまで交配品種を新品種として出すのはナアナアのせいですか?

今まで支えてくれた東洋蘭に「自信」が無いのですか。

ウチョウランやエビネ、日本寒蘭が交配品種に溢れ、
いまどうなっていますか。
春蘭界は隣で何を見てきましたか。

一般に広める役割も担う業者様(一部の)が
目の前にある物珍しさに踊らされている場合ですか。
色や形が定まらないところに原種の誇らしさがあるのではないのですか?

女雛に似た花のほうがお好きですか?
僕は女雛が好きです。
それ以上何を求めるんでしょう。嫌がってる女性
の空気を読めない行動に似ていてナンセンスです。

胸を張って言えること。

東洋蘭には
人工交配に頼る必要のない魅力が
充分にあるということです。

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