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2012年5月 2日 (水)

緑が美しいということ

人工交配を否定的に考え出すと
気持ちがあらぶって言いたいことぶちまけてしまいました。

緑が美しいということ

春蘭を趣味にしているとこの残念な気分がつきまとって離れません。

僕はどの会にも属してませんし、業者でもないので
ひとりで楽しんで傍観者に徹底していてもいいのですが、
原種を選抜して来た貴重な伝統を愛してるんです。

多くの春蘭趣味家もその伝統を
素直に信じて楽しんでいるはずです。

業界が潤って来たのは当然その
趣味家さんたちが身銭を削って来たからなのに、
裏切るような行為は悲しいものです。
何も知らずに大切なお金を
人工交配種につぎ込んだ方もいると思うと胸が詰まります。

どうか東洋蘭が山の宝石であり続けますように。

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春蘭人工交配反対」カテゴリの記事

コメント

>どうか東洋蘭が山の宝石であり続けますように

この言葉に、とても切なさを感じてしまいます。
私が今鉢に植え込んでいる蘭は、人間の営みによって生まれたものではなく自然からのプレゼントであるということ、そして、時には水をやり、時には肥料をやり、新芽が出てはその健やかな成長を願い、花が咲けば傍らに置き花をめでる。私にとって蘭を栽培するということは、失ってしまった自然への憧憬かもしれません。
花に限らず改良によってより人間の嗜好にあったものを作っていこうとするのは、人間として当然の営みでしょう。でも、同時に元の自然に回帰したいと思ってしまうのも人間です。自然から離れようとすればする程、同時に、また自然に帰りたくなってしまう。だから、原種の東洋蘭はそんな人(私)の心を惹きつけてしまうのでしょう。
私も「どうか東洋蘭が山の宝石であり続けますように」と願ってやみません。

m'sranさんの考えに共感します。
人は何らかの形で自然に寄り添うことを欲するのではないでしょうか。私は、たまたまそれが東洋蘭であったように思います。

私が「蘭を育てている」と言うと、大抵の人は「難しいでしょう」と聞きます。
ほとんどの人は「洋ラン」のつもりで聞いてきます。「春蘭・風蘭などは日本で自生しているので、加温設備がなくても育てますよ」と言うと驚かれます。話をしてやってみようかなと言う人には花芽付きの小さな鉢(負担を感じないように)を差し上げています。
まだまだ開拓の余地はあるように思うのですが・・・楽観すぎますかね( ^ω^ )

m's ranさん


おっしゃるとおりです。
人は極力自然を排除した世界で、渇いてしまいそうなんですよね。だから身近に自然を欲するのでしょうね。
いわゆる園芸種だと目には美しくても人の意思が強くて、大自然を感じさせるほどではありません。むしろ日常的で。


だから東洋蘭はすごいんですよね。
彼らと向かい合うだけで自然がそこにあり潤してくれますよね。
その存在感は東洋蘭が随一だと思います(*^^*)

poirotさん


僕もよく同じことを言われます。相手が煙たがらない程度に、、、何とか「洋ラン」では無いことだけは伝えますf^_^;
時には写真を見せたり。そうするともっと驚いてくれることがあります。蘭のイメージがくつがえるようです。どれだけ知られてないんだよと思います(笑)
育ててみたいと手を上げてくれた方には僕も花付き株をプレゼントしました(*^^*)
花ということもあって女性のほうが受け入れてくれます。
日本春蘭だと楽鉢が主流ですが、どうしても僕は馴染めなくて、丹波鉢とか苔が似合う盆栽的な方に気が向いてしまいます。苔や盆栽は若い世代に支持を得ているので、そういった切り口を借りるのも良いかもしれません。あと女性の場合は鉢が多少スタイリッシュのほうが薦めやすいと思います。
実際、新宿には観葉植物、多肉植物などをそういうアプローチで置いている店舗があります。
僕も何かやってみようと思います(`・ω・´)ノ

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